第五話 「シノビガリ」

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星一つない晩であった。
ぬばたまの闇に、赤黒く燃える火が一つ。
護摩壇であった。
森のはずれで、大柄な法師が壇を組み、護摩を焚いている。一切の煩悩を焼き払うとされる炎は、ひどく臭かった。
それもそのはず。法師がくべているのは、護摩木ではなく、まだ肉のついた骨だった。昼間ならば、その骨に刻まれた奇っ怪な文様が見分けられただろう。
その唱え続ける呪言は、いずれの経にもない奇怪な言葉であった。
■外法
表の教理には存在しない異端の呪術。選ばれた者にのみ伝えられる密教とも異なり、存在そのものが否定されている。
多くの場合はみずからの内的な啓発や衆生の救済という目的のためではなく、ただ己の欲望を叶えるために行使される。いわゆる呪いである。
だが、シノビとの戦いや人間同士の合戦という場にあっては外法のほうが表の教えよりも直接的な“力”となることは多い。そのため、権力者たちやシノビガリは外法使いに頼ることになる。
旧世界ではこのような加持祈祷や呪術には力がなかったとされている。外法の力には生まれついての才能が関わっていることから、彼らもまた、ヤギュウ同様に遺伝子改造を受け、精神的な力を物質的な諸力に変換する力を持たされた人類であるのかもしれない。
外法師
である。
見る者が見れば、燃える炎に乗って、外法師の「気」が広がるのが分かっただろう。その気は、森全体をうっすらと覆い尽くしていた。

その森の中を走る ■シノビガリ
出現したシノビを狩る道々の者。領主によるシノビの追討が間に合わぬ場合、あるいは領主自身にその余力がない場合などに雇われる。いわゆる傭兵だが、シノビのみを狩ることに特化している。これをシノビガリと呼ぶ。常民にとっては、常にシノビと戦い続ける彼らは、シノビに通じた異形の集団である。そのため、必要な時には彼らを頼るが、必要がなくなれば敬して遠ざける。
多くの場合、シノビを食い止める前衛、遠距離からシノビを狙撃する銃持ち、呪術によって支援を行なう法師から構成される。たいていは前衛数名、銃持ち2~3名。このシノビガリたちは、最小構成単位と言えるだろう。
影が二つ

一人は、長い槍を脇にたばさみ、もう一人は、これまた長い銃を背負っている。
全くの闇の中、かさばる武器を構えたまま、生い茂った枝をひょいひょいとかわしつつ走る様は、人というよりは物の怪のようであった。

──獲物は、丑寅におるぞ。

外法師の声なき声が二人に届く。二人は、その声に従い、向きを変える。そして。

──来たぞ、槍の。
──あぁ来たな、銃の。

次の瞬間、みちみちと音がした。ついで、ぶんと風を巻いて飛び来る気配。
土の臭いをまとったそれは、一抱えほどもある枝つきの立ち木であった。
槍持ちが前に出る。くるりと回した槍が、正面から木を受ける。折れるかと思うほどに槍がねじ曲がるが。
「じゃっ」
男が気合いを発して手首を返すと、槍がびゅんと伸びて、木は明後日の方角へすっ飛んだ。
そのまま槍持ちは走る。
その目の前で、闇が凝って人の形を取る。人の背丈を遙かに越えた、巨人である。
仔細に目をこらせば、巨人の肌は黒く染まり、その手足は、人のものというより、虫のそれに似ている。
巨人の横に、えぐれた穴があった。立ち木を引き抜いたあとだ。どれほどの力があれば、そんなことができるというのか。

──中の下というところか。
そんな剛力無双の ■シノビ
シノビの生態のほとんどは明らかになっていない。人里に離れた地に住まうシノビは、人を襲い、襲われた者もシノビとなる。もちろん人間にとってはそれだけで十分であると言えるのだが。
ネズミ算的にシノビが増え続け、人間が駆逐されない理由については明確な答えは出ていない。領主たちの水際戦術だけで、シノビの増殖を止められるとは考えがたいのである。
シノビ
を槍持ちは、冷静に値踏みする。
シノビに傷つけられた者はシノビとなる。シノビとなったばかりは、まだ人に近いが、時を経るに従い、体は膨らみ、その姿もおぞましく変化してゆく。
目の前のシノビは、変化してから、およそ十年。それなりに育ってはいるが、自分ら三人の敵ではない。
ごうっと風がなった。
シノビが大地を蹴り、鋭い腕で突きかかる。
槍持ちが受けた。
ぎん、と、鋼が噛み合う音を立てて、腕が防がれる。
シノビは首を傾げた。これまで、その腕の一撃を止めたものはいなかったからだ。
続く攻撃は、より速く、より強く、左右の腕が同時に迫った。
槍持ちが、くるりと槍を回し、二本の腕を同時に受ける。
「やれ!」
鋭い叫びに。
「応!」
と返事があった。
爆音が響く。梢に陣取った銃持ちが、必殺の一撃を放ったのだ。
■対シノビ弾
シノビガリが使う銃器のほとんどは、旧世界の発掘品である。この銃持ちが用いているのは、7.62㎜徹甲ホローポイント弾。梵字が刻印されており、着弾して装甲を貫通した後、刻まれた梵字を体内に食い込ませる。
呪いの施された弾丸
は、ねらいあやまたず、シノビの右目をえぐる。
森の外で、外法師の祈祷が最高潮に達した。舌先を噛み、あふれた血を炎へ吐きかける。
炎が轟と燃え、闇夜の黒雲が光った。

槍使いが、槍ごと離れた刹那。
青い稲光が外法師の祈祷に導かれ、打ち込まれた呪弾へと落ちる。
虫めいた耳障りな悲鳴が響きわたった。

槍持ちは、槍を構え、油断なく見張る。
■雷光天神縛
天神・菅原道真の力を持って怨敵を威服する呪術。事前に呪いを込めた弾丸を媒介にして雷を呼び起こしているが、媒体は札でも弾丸でも構わない。ここでは、弾丸がもっとも手軽な呪術を飛ばす手段だったというだけである。
菅原道真は旧世界の怨霊で、牛の姿をした天の神として畏怖されていた。
雷光天神縛

あれを食らって生き延びたシノビはいないが、断末魔の痙攣すら人を殺す力はある。
油断なく見張っていたはず、であった。
次の瞬間、槍持ちの体が持ち上がった。
シノビの腕が伸び、槍をつかんでいたのだ。
とっさに力を込めて踏ん張ったのが間違いだった。片手で槍ごと持ち上げられ、もう片手が臓腑をえぐる。
致命傷──では、すまなかった。
地に落ちた槍持ちの体が、異様に痙攣し、出来の悪い傀儡人形のように、ゆらりと立ち上がる。顔に浮かべ奇妙な表情は人のものではなかった。
「南無三」
銃持ちが、祈って二弾目を放ち、かつては戦友であったシノビの頭を潰す。
続いて放った弾を、巨大なシノビは軽く跳んで躱した。

「こりゃいかん」
外法師は立ち上がり、錫杖をつかみ、這々の体で走り出す。仲間を見捨てることに一片のためらいもない。
「ぬ?」
その横に、すれ違う影があった。

「がはっ」
銃持ちは、かろうじてシノビの腕を、銃身で受けた。続く蹴りに、肋の大半をへし折られて吹っ飛ぶ。
銃持ちは、痛む腕で小刀を取り出した。死ぬのはいいが、シノビに変ずるのはごめんだ。
小刀を喉に当てて一気にひこうとする──。
その手を、太い手がつかんだ。そのまま万力のような力で締め付けられて、小刀を落とす。
「だ、だれだっ」
男だった。節くれ立った筋肉を持つ巨漢。腰にも、大きく太い刀を差している。
だが無論、力があるだけではシノビを狩ることはできぬ。
「にげっ」
銃持ちが声をかけた瞬間。
男の姿が膨らむ。
内から無尽蔵に湧き出す気が、男を一回りも二回りも大きく見せていた。
それだけではない。
男の姿が、実際に変化してゆく。
髪が伸び、肌に光沢が生じ、奇妙な光の紋様が全身を走り抜ける。
身の丈の三倍を越えるシノビを見上げて、男は、にぃと笑った。
「お、おまえは」
銃持ちが叫ぶ。
男は、 ■ヤギュウ刀
ハガクレニウム合金で作られた厚重ねの剛刀。芸術性などは微塵もなく、ただシノビを両断するためだけの無骨な武器である。重さで叩き切る性能と、鋭い刃で切り裂く性能、そして刃こぼれしない粘りと頑丈さを備えている。
腰の刀
を抜きはなった。不意にあたりに光が満ちる。雲が晴れて月光が差し込んだのだ。あたかも、男の抜刀が雲を切ったかのようだった。
その刃は月光に冴え渡り、桁外れの気が漲ってゆく。
一閃。
雷鳴の如き音とともに、男は刀を振りきった。
その前で、シノビがどうと倒れる。
まさしく一刀両断。
男は、刀を振って血糊を落とし、懐紙で丁寧に拭って鞘に収めると、何事もなかったかのように歩き去っていった。
「ヤ、 ■ヤギュウ
シノビガリの中でも伝説的な存在。旧世界が産みだした超存在で、唯一シノビと「直接戦闘」が可能な人間の亜種である。
かつては人間と共存し、共にシノビと戦っていたという伝説もあるが、シノビすら駆逐する力を恐れられ、その存在は伝説の中へと消えていった。
ヤギュウ
!」
闇の奥へ消える背中に、銃持ちの声がむなしくかかった。



テキスト:海法紀光(ニトロプラス)、小太刀右京(ニトロプラス)
イラスト:中央東口(ニトロプラス)、くろやぎ