第四話 「城」

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鼻歌交じりで、街道を歩く二人組の ■遊芸者
遊芸者とは、芸をする者のことである。
ここでいう芸とは、舞や踊り、唄や連歌などは言うまでもないことだが、しかしそれだけではない。医術もまた芸であるし、請われれば売春もする。また、簡単な鍛冶を行なう者、手紙を届ける者なども遊芸、と呼ばれる。旅をする者たちの総称である、と言ってもよい。武芸者もまた、遊芸者である。
遊芸者はこの危険な時代において旅を行なう存在であるため、情報源としてはもっとも早く、かつ正確である。遊芸者を権力者たちが側へ召し出して夜とぎをさせるのは決してただ好色であったり贅沢である、というだけでなく、その情報を聞くためなのである。いわば彼らは移動するニュースソースであり、新聞のようなものだ。
遊芸者の中には定住の道を選ぶ者もいる。だが、そのようになった遊芸者はもはや遊芸者と呼ばれることはない。
遊芸者
。装束は、旅の薬売りのものである。

「でけえなぁ。本当にでけえ。見上げても見上げても、まだてっぺんが見えねえ。おまけに足まで生えてやがる」
「おいおい、そっくり返って転ぶなよ。 ■城
この時代において“城”とは旧時代のように、単なる要塞を指すものではない。
それは失われたオーバーテクノロジーによって建造された巨大な移動建築物である。古代言語で言えば、“ムーバブル・アーコロジー”だ。城には最低一本のご神木が備えられており、単体で水および清浄な大気の供給が可能である。
城の下部には巨大な履帯または浮上装置、ことによれば飛行用の装置が取り付けられており、緊急時の移動が可能である。無論、強力な装甲とシノビ除けの結界によって守られていることは言うまでもない。
城は自動甲の基地であり、人々の生活の場所であり、権力の象徴である。人間同士のいくさにおいて城が破壊されることはまずない。城はあまりにも貴重すぎるからだ。戦争とは城の取り合いであり、城を保有することが大名たる用件である。
旧時代における城は要塞や砦と呼ばれる。それらも重要なものだが、城とは比較にならない。
がでかくて ■城の脚
巨大な城を動かすために用いられている超巨大履帯(クローラー)。履帯そのもののサイズも重量も尋常ならざるものであるため、整備には自動甲が用いられる。自動甲が巨大な工具を手に持って整備するのだ。
その質量を支えるために複雑な衝撃吸収機構が用いられ、冗長性の極めて高い設計が行なわれているが、静止状態でも必ずどこかが壊れ続け、一度動かそうものなら時間とともにどんどんと故障していく。その整備補修のコストは尋常のものではない。
城を動かす、という行為はいわば小判を炉にくべて焚き火をするような行為で、文字通り国を傾かせる覚悟が必要になるのだ。だが、だからこそ一度城を動かし、適切な位置に移動させることができれば、戦略上重要な価値を持つことは言うまでもない。
城をいつ動かすか? どのように動かすか? あるいは動かすべきではないのか? 合戦において将帥が頭を悩ませるのはまさにここなのだ。
が生えてんのは当たり前だろ」
「小さい城ってのはないのか?」
「小さい城造ってどうすんだよ、人がへえらねぇだろうが」
「そういうもんか」
「おい、役人が来たぞ、早く、通行手形を出せ」
「どこにしまったっけな、えーと」
「すいませんね、ぼんやりした野郎で。あぁ、旅のものでございます。奥州はミの国から薬をもって参りました。へぇ、得意先はこちらの店で。あとは、芸も少々。はい、失礼して通らせていただきますよ」

「お、おい、なんだこの廊下、なんか光ってるぞ ありがてぇありがえてぇ ナマンダブナマンダブ」
「おい拝むのはいいが端っこに寄れ、後ろがつかえてるぞ」
「おっとすまねぇ。んで、こりゃなんだ」
「知らないで拝んでたのか、ったく、おまえの粗忽は程を知らねぇなぁ。こりゃ ■結界の間
城内の重要施設にシノビが潜入しないように、梵字と呼ばれる古代文字の力を用いて精神エネルギーを増幅し、シノビの嫌うフィールドを形成している空間。普段から結界が目に見える類いのものもあれば、一朝時あれば隠された結界が露わになる、という区画もある。
もっとも、多くの結界の間は一度も使われた事がないのが普通で(そうでなければ困るわけだが)実戦における価値は立証されていないことがほとんどである。
結界の間
だ」
「結界?」
「あぁ。こいつがあるおかげで、城にはシノビが近づけねえ」
「近づいたらどうなる?」
「ジュっと焦げて、ボンだ!」
「ジュッと焦げてボンね、ジュッてボン、ジュッボン……」
「縮めんな。まぁこれがあるおかげで、町人は安心して暮らせるってわけだ。いやありがてぇ。ナマンダブ……どうした?」
「俺らも、ジュッボンしねぇだろうな」
「そりゃシノビだけだ。おめぇ親戚にシノビでもいんのか?」
「いねえよ? いるわけねぇだろ。けどよぉ……」
「じゃぁ、さっさと行け、おら」
「おいおい、押すなよ、わかった、わかったから!」

「ひょぉーっ。あひょぉーっ」
「なんだ、ヤマドリにでも取っ憑かれたか?」
「いや、なんだ、この賑わいはよぉ。祭りか? それとも誰か偉い人でも、おっ死んだのか?」
「滅多なこと言うな。何が、おっ死ぬだ。そういうなぁ身罷られるってんだ」
「へぇ、えらい人は、さすがだね。死ぬ時も違うね。おっ死んだりせず、み、み、みまかられるってのかい。で、誰が死んだんだい」
「誰も死んでねぇよ。こりゃ城下町ってもんだよ」
「へぇ。そのジョウカマチってのが死んだんか?」
「死んでねぇって言ってんだろ。城下町ってな城ン中の町のことだよ。みんなここに住んでんの!」
「それじゃ何かい? こんだけの人が、ぜーーんぶ、どっかから集まってきたってんじゃなくて、いつもここで暮らしてるってのかい? おまえもその顔で、言うねぇ」
「顔は関係ねぇだろ、ほんとの話だよ」
「またまた。俺ぁ確かに、ちょいと頭の働きが鈍いところもあるが、そりゃさすがに甘く見過ぎだぜ」
「ったく、馬鹿のくせに、変なとこで意地っ張りだ。ちょっとこっち来い」
「ん? 飯屋か? 飯おごって、機嫌取ろうっていっても……何の飯だ?」
「取られる気、満々じゃねぇか。そうじゃねえよ。おーい、そこのお女中さん。なんか名物ある? ヒヒイロカネ焼き? いいよ、それ二つ、俺たちに持ってきて。それと、こいつが聞きたいことがあるってよ」
「ん? 俺? あぁそうそう。今日は、すげぇ賑わいだが、何の祭りだい? それとも、なんか偉い方でも、みま……みまか……おっ死になられたかい? え、違う? これが普通? むしろ少ない? またまたぁ」
「またまたじゃねぇっての。ほら、みんな笑ってんぞ」
「あぁすんません。どうにも田舎者で学がないもんで」
「申し訳ありませんね。あっしの連れが。あのね、これ、うちの扱ってる奥州はミの国の特産の薬でね。みなさん、よかったら一っ袋持ってってくださいな。はいはい、お侍さんもね、どうぞ。切り傷にも効きますよ、はいはい」
「おう、どんどん持ってていいよ。どんどんどんどんどんどん」
「馬鹿、おめぇ、そんなに配ったらなくなっちまう」
「ケチケチすんねぇ。何せ、売るほどある」
「売りに来たんだよ!」

「みやがれ、おめぇが騒ぎ起こすから暗くなってきたじゃねぇか」
「城ン中でも暗くなるもんだなぁ」
「当たりめぇだ。なんだと思ってたんだ」
「さぁてと」
「さてと」
「ありゃ囲んだつもりなんかね?」
「俺ぁ田舎者だからよくわからんが、あれで隠れたつもりじゃねぇだろう」
「もしもし、そこの裏路地に控えてらっしゃる、ホウギの国のお侍さんがた。何かご用ですかね」
■道々のもの
遊芸者たちは天下往来の住人であり、河原や街道、河や砂漠といった誰のものでもないもの、「天下様の土地」に住まう存在である。彼らは存在しない国の国民であり、「上ナシ」を標榜していかなる権威にも服属しない。彼らの主は彼らのみなのである。彼らを雇うことは出来るが従わせることはできない。この概念をして、「道々のもの」と呼ぶ。
これを理解せず、道々のものを安易に殺めるようなことがあれば、彼らは報復する。彼らは上を持たないが故に、連帯をするのである。彼らの協力を得られなくなれば、国ごと情報網からはずされることすらありえる。
俺ら
が薬と一緒に渡したネタにご不満でもありましたかね? シノの国のお世継ぎの騒動の内幕話だよ」
「ネタはいいが、金は払いたくないって面だな、ありゃ」
「じゃぁ何かい? 天下のホウギのお侍さんが、盗人ってことかい? そりゃぁ筋が通らねえぜ。俺にだってわかる」
「いや全くだ。ちぃっと踊ってもらおうかねぇ」

月の照らす城下町。覆面の侍が五人、折り重って倒れている。
果たし合いにしては、抜かれた五本の刀には欠け一つなく、さては心中かと思われる。
検分の末、肩口に、 ■傀儡針
遊芸者の使う暗器(隠し武器)。布団針くらいの大きく太い針。片方の穴に糸を通し、投げて使う。ハガクレニウムを含んだ特殊な金合金で出来ており、経絡を流れる気脈への干渉能力が高い。
基本的には急所に当てて絶命させることを目的とした武器だが、修練を積むと経穴に当てて、死ぬ前に一挙動だけ望む動作をさせることができる(腕を上げる、等)。
さらに熟練した遊芸者になると、複数の経穴に傀儡針を打ち込み、意のままに操ることすら可能になるというがこれはほとんど伝説の域を出ない。
未熟な使い手の場合、先端に毒を塗ることもあるが、達人は経穴に打ち込んだとき、気の伝達が妨げられるとして嫌う。
太めの針
でついたような傷が見つかったが、表沙汰になることはなかった。



テキスト:海法紀光(ニトロプラス)、小太刀右京(ニトロプラス)
イラスト:中央東口(ニトロプラス)、くろやぎ