第三話 「合戦」

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「お貸し銃は、ひとり一丁! 弾は規定の通り、ひとり二百! 各、所定の場所にて組頭の下知を待てい!」
何度も張り上げられる声。動き回る人間たち。戦場というのは、騒がしいところだな、とフヒトは思う。
列に並び銃を受け取る。生まれて初めて触る ごくおおざっぱに言えば、鉄の筒に詰めた火薬に火縄で点火し、その爆発力によって弾丸を加速させ相手を殺傷する武器。
旧世界で広く使われていた“銃”と呼ばれる武器の祖型に当たるもので、低下した現在の技術力でも生産可能なため広く用いられている。
発射後、銃身を掃除し、火薬を込め、弾丸を装填し、それから火縄に着火して発射するという複雑な手順を踏むため速射性は弓に劣るが、轟音による心理的衝撃力、鋼鉄の鎧をも貫通する殺傷力において比類ない。速射性についても、熟練すれば一分間に三〜四発程度の連射も可能で、小隊単位で交代して撃つことによってかなりの部分までカバー可能である。
もちろん機関銃や自動甲のような本格的な遺失兵器と戦えるようなものではないが、歩兵の武器としてはむしろ十分すぎるほどであるといえるだろう。
騎兵が使用する小型の馬上筒、銃身に施条(ライフリング)を施して遠距離狙撃を可能にした遠町筒(あるいは狭間筒)などのバリエーションも多い。裕福な農家などが、海陸の危険な変異生物に対抗するために持っていることもある。
火縄銃
は、冷たく奇妙に重かった。

十五になるフヒトは、山奥の小村の出である。フヒトにとっての武器は弓である。勢子もなく、一人で森に潜り猪を狩るのを常とするフヒトにとって、戦いとは息を沈め、天地に身をゆだね、獣の息づかいを盗んで近づき、しとめるという静かなものであった。
それに引き替え、この火縄銃というのは、なんとうるさいことか!
講習を聞くに、上手ものも下手なものも、とにかく数を揃えて一斉に撃てば何発かは当たる、というのが要点らしい。
そんな馬鹿な武器があるものか。
要するに、フヒトは合戦というものが気に入らなかった。

そもそもなぜ、人と人が争うのか。これだけの兵や自動甲があるなら、シノビの掃討に使えばいいではないか。
そう思っているのはフヒトだけではないだろう。
フヒトも狩りでシノビに遭遇したことは何度もある。背中の傷は襲われて死にかけた時のものだ。あの時は、藪の中で三日三晩動かずに過ごした。
人は死ぬ。いずれ死ぬ。であるなら、人同士で戦うよりも、シノビと戦って村を守って死にたかった。

村は城に年貢を納め、その代わり城はシノビを退け村を守る。その約束だが、シノビの数はあまりに多く見回りの時は少なかった。

「並べ! 並べ! 列を乱すな!」
牛のように追い立てられて、道を進む。体が重いのは動きにくい 儀礼的な問題はともかくとして、現実的には人間が着用する甲冑で弾丸や砲弾の破片、シノビのシュリケンなどを止めることはほぼ不可能である。それだけの分厚さの鋼板で体を覆えば、身動きが取れなくなってしまうからだ。
騎馬や自動二輪を用いることでこれを回避する特注の甲冑を着用する領主もいないではないが、これは高価すぎて評価の対象とならない。
火縄銃の普及以後は人間同士の合戦ですら銃弾が現実的な脅威となったため、鎧は胴丸と呼ばれる胸甲、すなわち胴体の重要部位だけに分厚い装甲を施し、他の部位の装甲は最小限にする方向で発達しつつある。
胴丸
のせいだ。なんとも惨めな気分だ。

果てしなく続く行軍。その足並みが、ふと乱れる。重い響きが大地を揺るがす。
あちこちから発せられる叫びに従い、フヒトも振り返った。そこに城があった。

それはあまりにも巨大で、地平線を埋め尽くすかに見えた。いかなるシノビをも弾く巨大な結界の中に、町を丸ごと擁し、真中には目も彩な天守閣。難攻不落の城壁に無数の重砲を装備した移動都市。巨大要塞。
「おぉ……」
我知らず、声が漏れていた。聞いてはいたが見るのは初めてで、見ると聞くとは大違いというやつだ。
人が、人の手で、これを作り、動かしている。そう思うだけで、フヒトに力が宿る。行軍の足が速まる。
やがて目の前が開けて平野となり、フヒトは初めて陣というものを目にする。

陣の背に控える巨大な城。
軍の先頭に立つのは高くそびえる自動甲。色鮮やかな幟を立てている。
なによりも、見たこともないほど大勢の人間がそこにいた。村の祭の賑わいと華やかさを、千倍、万倍にしたような、いやそれでも追いつかないほど多くの人間。
豪華な鎧をつけた武者も自分と同じ胴丸だけの兵も、背の高いのも低いのも太ったのも小さいのも、年老いたのも若いのも。頭を丸めた坊主に、狩衣に身を包んだ術者。 前述の遠町筒が発展した対自動甲用の火器。一般的な火縄銃に用いられる黒色火薬ではなく、ご神木から取れる“陽の液”と“陰の液”と呼ばれる特殊な樹液を混合させたときの爆発的な発火反応によって着火し射撃を行う。
この反応によって得られる弾初速はすさまじいの一語であり、正面からほぼすべての自動甲の装甲を貫徹せしめるに足る。
無論反動もすさまじく、銃槍自体にも強靱さが求められるため、主要部分はハガクレニウムとご神木から得られた超硬質木材から形成されている。
連射性能は低いため、近接戦闘にそなえて大型のハガクレニウム銃剣を装備していることが多く、そのため“銃槍”という通称が与えられることになった。
身の丈よりも長い銃持ち
は、噂に聞く甲狩(ヨロイガ)りか。
フヒトの鋭い瞳は、そのすべてを見ていた。

彼らからも、自分たちがそう見えているのだろう、と、フヒトは理解する。
敵陣から、一人の騎馬武者が現れる。
我が陣からも、騎馬武者が現れ、迎え撃つ。
戦始(いくさはじ)まりの儀である。
二人は、二合、三合と矛を交え、やがて陣へ帰還する。
自動甲が一斉に、砲を天へ向ける。雷鳴のような砲音があたりを揺るがす。
そして、一斉にあがる鬨(とき)の声。
フヒトも、腹の底から叫んだ。

──これが生きるということか。
フヒトの体に熱いものが染み渡る。
人はいずれ死ぬ。ならば、ひたすらにシノビから隠れ、息を殺すのが生きることか。いや違う。

シノビなど何するものかは。
城を築き、自動甲を駆り、銃を撃つ人こそが、この天地の覇者なのだ。ならば人が真に戦うにふさわしい相手は人しかありえまい。

戦争の目的が殲滅戦であることは希である。合戦は基本的にお互いの領域を確定させるために行われるものであり、破壊が目的ではないからだ。特に、敵であっても城や自動甲、耕作可能な土地を破壊することは利益になり得ないからである。何より、敵兵もまたほとんどが農民であり、それを殺してしまっては何のための勝利かわからない。殺人をためらう将は臆病者だが、殺人を好む将が忌まれる理由である。
そのため、多くの合戦は自動甲が倒れるか、どちらかの軍が士気を失って撤退したときに終了することになる。負けが決まった戦いに最後まで付き合うような兵士はまずいない。死亡者は撤退時の追撃戦において多く、正面からの戦いでの死者は想像されるよりはるかに少ない。
もっとも、死者の最大は実は病死や事故死といった戦場以外の死である。人間が生きることさえ過酷なこの海陸において、戦争行動を行うことは困難なものなのだ。
合戦
の熱狂に身を浸し、フヒトは銃を撃ちまくる。その熱狂は、敵弾がその右肩を砕くまで続いた。



テキスト:海法紀光(ニトロプラス)、小太刀右京(ニトロプラス)
イラスト:中央東口(ニトロプラス)、くろやぎ