第二話 「シェル」

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幼い頃から、物事の道理や仕組みが気になる性格だった。
「なんで?」「どうして?」と、そこら中の大人を質問攻めにして、辟易させた。
怒られ、殴られ、やがて口をつぐむ術を覚えたが、それでも心は止まらない。
「なんで?」「どうして?」と、今も三郎は問いかけ続ける。

目の前には荒野が広がっている。
旧時代には、村の外まで緑があったというが、馬鹿馬鹿しい話だ、と三郎は思う。
確かに旧時代には今では信じられないような技術がたくさんあっただろうが、それだけ賢ければ、貴重な植物を無駄遣いするとは思えない。
もちろん、そうでないかもしれない。旧時代人には何か別の思惑があったのかもしれない。
たとえば──。
「ゆくぞ、三郎」
親方に、杖で背中をどやされて、三郎は我に返った。すでにほかの人足たちは、手ぬぐいを鼻と口に巻いて荷車を降りている。

荒野の中には死体が点々と散らばっており、むっとする臭いがあたりに立ちこめていた。
口減らしに 種子島から渡ってきたとされる甲鍛冶たちは身分制度の中では放浪民の一種としてごく低い位置に位置づけられているが、特殊な職能集団として権力に極めて高い位置にいる。このあたりは、猿楽師や能楽師、馬借や海賊といった流浪民に近いものがある。
城付きの甲鍛冶もいるが、多くの鍛冶は“渡り”として旅をすることを好む。これは定住して貴重な鉄や金属を掘り尽くすことを拒むためでもあるし、鍛冶の仕事のために木材を大量に伐採するために定住民との軋轢を避けるためでもある。
彼らは各地の村を回って、道具を修繕する他、故障して放置されたシェルを引き取って応急修理し、運搬したりするほか、旧時代の遺跡や物品を発掘することもある。いくさともなれば、渡り鍛冶を領主たちは半強制的に拘束し、自分たちの仕事のために奉仕させる。
渡り鍛冶
に売られて一年。この死臭にもだいぶ慣れた。
死体の鎧や刀、槍、とにかく使えそうなもの一切合切をはぎ取って売る戦場稼ぎが、渡り鍛冶の仕事だ。
いつ、 海陸最大の脅威であるシノビは、不定形の怪物として畏れられている。人型をしているというのはあくまで彼らの一般的な姿に過ぎず、ムササビ、水蜘蛛、蝦蟇、蛞蝓、大蛇など様々な姿を取り得るのである。そしてそれらですら、一般的なものにすぎない。シノビは一個体一種の生物なのだ。
こうしたシノビと戦うのは武士階級の使命である。農民や商人たちが税を納めるのは武士がシノビから守ってくれるからであって、シノビから守ってくれぬような領主に対しては逃散や強訴という手段に訴えることも決して珍しくはない。人々はこの厳しい社会で非常にしたたかに生きているのである。
そうした中、シノビガリと呼ばれる傭兵たちが現われつつある。彼らは自動甲や古代の遺物、魂鋼刀などの武器を振るい、シノビを退治するのだ。彼らの存在は武士階級の存在を揺るがしかねないため、各地の領主には警戒されている。同時に、シノビに対処出来なくなった領主たちがシノビガリの最大の顧客であることもまた事実である。
シノビ
が来るかもわからない。見張りを置いての時間との勝負だ。
武器、鎧は貴重だ。貴重だからこそ集める。でも、貴重なら人間同士で戦わなければいいのに。
「なぜ──」
我知らず、口から言葉が出た瞬間、親方の重い拳骨が降ってきた。
「黙って探せ」

三郎は歩きながら、戦場を眺める。鳥になったつもりで、上から見た戦場を思い描く。
二つの軍勢が名乗りを上げて、ぶつかる。槍と刀がぶつかりあう。戦線が形成される。
それにしては鎧の紋が、バラバラだ。敵味方かまわず四方八方に逃げ散っているのは、横合いからシノビが襲ってきたからだろう。
この規模の戦場なら、 全高一丈(3m前後)の人型兵器。はるか遠国の“種子島”よりもたらされて後、海陸で一般的に普及するようになった。“種子島”にはさらに外の世界から渡来したとも言われているが、定かではない。現在では海陸全域で発掘されるようになっており、一般化している。
旧世界では一般的なシステムであったと想像されているが、現在では非常に高価に取引されている。というのもシェルは事実上人間がシノビと戦うことができるほぼ唯一の兵器であるからだ。
ほとんどのシェルは、甲(よろい)鍛冶と呼ばれる特殊な職能集団によって複製されたものである。純正品であると喧伝されているものでも、頭部のみ本物、腕の一本のみ本物というのがせいぜいで、他の部分は粗雑な複製品ということが多い。もちろん、複製品といっても人間が太刀打ちできる相手ではなく、非常に高価に取引される。大名家や豪商、そしてシノビガリと呼ばれる特殊な傭兵が所有しているのがせいぜいである。
本当にすべての部品が純正品の自動甲はほとんど伝説的な存在である。その強さは一般的な自動甲を「竹刀を手にしたばかりの五歳児」とするなら、純正品は「銘刀を手にした剣豪」ほどの力量差があると言われている。
装甲材は鋼や革で、人間の鎧を拡大したようなものに過ぎない。だが、純正品にはチタンセラミック複合材や発泡金属装甲などが使われており、かつての技術レベルの高さをうかがわせる。
自動甲(シェル)
が出ているはずだ。だが、それが見あたらない。
退却したにせよ、薬莢に、轍の跡といった痕跡すら見あたらないのは奇妙だ。あたかも誰かが痕跡を消したかのような。
「親方、村は……」
「あぁ、あっちだな」
親方は、うなずき、杖で街道を指した。

「ようこそ、おいでくださいました」
村長は、いやに慇懃だった。
渡り鍛冶には鑑札がいる。勝手に戦場のものを持ち去って売りさばいたのが見つかれば、きついお咎めがある。
「ええ、巳斗様の自動甲がお倒れになりまして、野ざらしにして万一のことがあったらいかんと、預からせていただいた次第です」
それなら痕跡を丁寧に消す必要もない。おおかた、闇商人に売り払って大儲けする魂胆だったのだろう。
「まことにありがたい」
親方が頭を下げ、三郎も人足も一斉に頭を下げる。見え透いた芝居だが、ここで喧嘩をやらかしても、得はない。

自動甲は小屋の中に安置されていた。
人足たちが集まり分解してゆく。装甲を外し、 ご神木の枝の中には、天然のカーボンファイバーやグラスファイバーを構成しているものがある。これが自然に落下したものを加工して柄とし、同じく神木の根から得られたある種の金属の混入した泥を混ぜた鉄で出来た槍穂を付けた武器。対ヨロイ、対人、対シノビのいずれにも有効な兵器である。魂鋼兵装が使われることは稀だ。自動甲用に魂鋼刀を作るのは金がかかりすぎるのである。
これと五十匁(口径33㎜)火縄銃の組み合わせが、普及型の自動甲の一般的な装備である。
巨大な槍 の穂先を外して安置する。
親方は杖を振って、それを指揮した。三郎は、口をつぐんで分解されてゆく自動甲を、ただじっと眺めていた。

皆が寝静まってから、三郎は寝床を出て、見聞に向かう。
自動甲のある部屋には、親方が待っていた。
親方が、喉を指し、しゃべる許可を出す。それを待ちかねたかのように、三郎は口を開いた。

一年前、渡り鍛冶に売られた三郎が、いつもの癖で親方に話を聞くと、一言。
「首切られたいか、足切られたいか、どっちだ?」
そう言われた。
自動甲や鉄砲の仕組みは、外にもらせぬ重要な秘密。一介の渡り鍛冶がそれを知れば、口封じに首を切られるか、よくて足を切られて国の専属になるかのどちらかだ。
「おまえは、どっちにすんだ?」
「どっちもいやだ」
「なら、口をつぐんで馬鹿になれ」
「それもいやだ」
「そうか」
親方は、杖を振って三郎を叩いた。立ち上がれなくなるほど叩きのめし、三郎の目をのぞき込んで、そうして、にやりと笑った。

「ようく見とけよ、これが 自動甲の動力源は球体の“心の臓”と呼ばれるシステムである。これは水素吸蔵合金発動機と超発條(フライホイール)の組み合わせで、発動機の生みだした出力を蓄積して駆動するだけでなく、みずからの行動によって得られた運動エネルギーをも再び力に変えることができる。
動力源の複製は困難を極め、量産型である“数打ち”のそれは単なる吸蔵合金発電機にすぎないことがほとんどだが、“真打ち”と呼ばれる純正品の“心の臓”は非常に精巧な超発條や太陽光を吸収するシステムなどを備えており、実に十倍から百倍の出力差がある。
動力源は極めて高価なため、自動甲が破壊された場合でも“心の臓”だけは持ち帰ることが求められる。また、破壊された自動甲の“心の臓”を狙う戦場荒らしも多い。
自動甲の心の臓
じゃ。その中身はこうなっとる」
「親方、なんで、ここは丸いんだ?」
「丸い形が一番強いからじゃ。角のあるものは、そこから壊れる」
「じゃぁ、なぜ、ここだけ鋼の色が違う?」
「それはだな……」

月明かりさえ入り込まない、薄暗い小屋の中で、足の利かぬ親方は秘伝の知識を弟子に伝える。
かつて天才の名をほしいままとし、四戸国お抱えとなりながら、見聞を広めるために飛び出した男は、己と同じ魂を、三郎の中に見ていた。



テキスト:海法紀光(ニトロプラス)、小太刀右京(ニトロプラス)
イラスト:中央東口(ニトロプラス)、くろやぎ