第一話 「村」

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初秋のこと。
木々の葉は落ち、あたり一面が黄色く染まっている。
黄色い山の中を、ひたすらに、くねるように街道が続いていた。街道を、ゆっくりと進むのは、行商の旗を立てた三台の車だ。

ワタリは先頭の車から、油断なくあたりを見回している。年の頃は三十過ぎ。
この年で、馬車でも牛車でもない、 全高  :一丈(3.03m)
本体重量:二千目(7.5t)
出力  :三百馬力(175KW/日本馬力換算)
主動力 :水素吸蔵合金式発動機
装甲材質:鋼材
主兵装 :なし。機銃座などあり
開発  :大久保重工/グローバル・エレクトリック
城同士、集落同士を輸送する輸送車。旧世界で作られたものをニコイチ修理を繰り返して使用しているため、同じデザインのものはほとんど存在しない。
動く車
を三台も持つのは、かなりのお大尽人だが、その顔には微塵の油断もない。
後ろの席には、三人のサムライが控えている。いずれも十人力の腕利きだが、その顔は険しい。
ワタリの横では、弟子の少年トゴが、緊張した面もちで、ぎゅっと拳を握っている。

黄色く染まった景色の中に、不意に鮮やかな緑が浮かぶ。
丸い葉を持つ 古代の文明が作り出した樹木。木と言われているが、厳密には構造樹と呼ばれるフレームを構成する樹木を中心に、複数の樹木や草、菌類などがひとつの生態系を構成することで形成されている。樹高は一千丈(3000メートル)にも及び、御神木の周囲に集落が形成される。 海陸の土壌から水を吸い上げるとともに、土壌に含まれた塩分を吸い上げ、根の濾過機能によって真水と塩分を分離する。塩分は構造樹に巻き付いた菌類によって生物濃縮され、最終的には結晶化されて神木の外に排出されることになる。こうして得られる塩は、海陸での生活に欠かすことができない。 吸い上げた水はやがて神木の葉から蒸散されて大気に還元されるとともに、果実の内部に蓄えられ、そのまま真水として利用することもできる。 葉には汚染物質を吸い上げる機能があり、有毒物質を長い時間をかけて無害化する。 加えて根から吸い上げた希少金属に水素を吸蔵させることで、天然の水素吸蔵合金を生み出す。残されたプラントのほとんどはこの水素吸蔵合金(注)で駆動することになる。 御神木の周囲には浄化された土壌が広がり、水も供給されることから、周囲に里山が生まれる。そして里山のさらに外には、浄化された地下水を利用した水田が広がるのである。   もちろんこうした都合のよい生態系が突然現れたはずもなく、かつての大災害に先立って人類が遺したバイオテクノロジーの産物である。 生みだしたテクノロジーそのものは再現できないが、株分けによって増やすことはできる。これは御神木の内部に住まっている“御師”と呼ばれる特殊職能者にしか行えず、株分けの時期も数十年に一度しか巡ってこない。株分けはすなわち領土の拡大を意味するため、皮肉にも株分けの時期の到来は戦の時期の到来と見なされることがほとんどだ。 海陸における集落は御神木を中心に行われる。戦においても御神木を攻撃することは最大のタブーとされているが、古来引火などで失われた例は珍しくない。そうして神木を失えば、人々はその土地にもはや住むことはできないのである。 御神木だ。太く網のように絡まった根が、地上にまで出ている。
「着いたな」
ワタリが口を開くと、周りの弟子や用心棒が、ほうと安堵の息をつく。
「気を抜くんじゃねぇぞ。村の入り口で屍さらしたもんもおるぞ」
ワタリが、ぱんと手を叩くと、周りの者にも気合いが入る。

どんな村にも、御神木がある。根を深く広く伸ばし、土や水の塩気を吸い取り、人の暮らせる土地を為す。
御神木には、シノビ避けの守り札が、十重二十重にかかっていた。城の結界には比べるべくもないが、気休めとしてはマシなほうだ。

御神木を通り抜けると、まばゆい黄金の原が見える。 稲と呼ばれているが、旧世界の稲とは遺伝子的に六割程度しか類似していない新穀物。稲の種籾が神木とともに発見されたことが海陸で人類が生き延びられた最大の要因である。食べられるように脱穀したものを米と呼ぶ。 土地あたりの収穫量が破格に多いだけでなく、デンプン、各種ビタミン、ミネラル、植物性タンパク質などをバランスよく含み、これだけ食べていれば生きていられるとすら言われる。 ただし、栽培に大量の水を必要とするため稲の収量にはおのずと限界があり、国力は米の収穫高で図られる。貧しい者は稗や粟、芋などを食べることになるわけだが、当然稲のように完全食品ではないので、栄養価が不足して疾病がはびこることになる。 ちなみに野菜の栽培はそこまで一般的ではなく、畜産はさらに少ない。人間に食べさせるカロリーで精一杯なのである。ただし、農耕の便利な道具としての馬、牛は活用されている(事故死した馬や牛はスキヤキにされる)。また、余力のある国では豚や鶏を飼育していることもあるようだ。 今年の稲は豊作のようだ。
皆が今度こそ安堵した瞬間、稲穂の中から湧き出すかのように、子供たちが現れる。

遠巻きにはやしたてるもの。おそるおそる車に触れるもの。手形をつけて喜ぶもの。小柄な童が、よじ登ろうとしだして、さすがにワタリも顔を出す。
「こるぁ」
言った、瞬間、童が落っこちた。ひやりとしたが、頭を押さえながら駆け出す。よくみれば童女だ。元気なことだ。
「おう、ワタリ。ようきたな。何がある?」
大人連中は、遅れて現れた。
「いつも通りだ。薬に細工に武器に弾。都の反物に酒や肉もあるぞ」
いつもの小屋の前でワタリが車を降り、トゴが荷卸しを始める。
綺麗な布が敷かれ、目も綾な細工物が並ぶと、子供も大人も歓声を上げた。

夜ともなれば、酒が振る舞われ、宴となる。
囲炉裏にあたるワタリの周りを、子供が取り巻いている。
「外にはシノビがうじゃうじゃいるってほんとか?」
「ほんとうだとも。ここまで来る間も、たくさんやりあった」
「嘘じゃぁ」
「嘘だと思うなら、まなかの車見てこい。爪痕がたくさんついとる」
子供の一人が外へ走っていくのを、ワタリは見て目を細める。
本当なら夜の宴は重要な情報交換の機会で、子供の相手をしている場合ではない。
だが、今回は、それはトゴに任せた。自分がいつ死ぬとも限らぬ。跡を継ぐには、少しでも学ばせておかねばならない。

そのトゴは、生まれて初めて上座に座って震えていた。色っぽい女に両脇を固められて酒を振る舞われ、あちこちから飛ぶ質問に答えるのがやっとで、飯の味がしない。やっとのことで、宴を抜け出し、トゴは夜風に当たる。

「おい、ワタリの弟子」
急にかけられた声。 この時代もっとも普及している斬撃兵装。人間の精神力に反応する希少金属ハガクレニウムを鋼材にごくわずかに混入した“魂鋼(タマハガネ)”を用いており、複合セラミック装甲をも両断しえる。 魂鋼は槍や薙刀などにも加工できるが、持ち手の手からの距離が精神力の伝播に影響するため、カタナほど扱いやすくはない。 守り刀に手をかけて振り向く。
子供だった。来た時に車によじ登った娘だ。
「なんだ?」
「おまえ、さらわれてきたってほんとか?」
「ん?」
行商人は村の子供をさらって、跡継ぎにする。そういう噂があるのは知っていたが、面と向かって言われたのは初めてだった。
「ちげぇよ」
「そうか。つまらん」
「勝手なこと言うな」
「だって、つまらんもん」
「なにがだ」
「ほんとなら、さらってもらおと思った」
童女は、そう言って、白い歯を見せてわらった。
「旅はつらいぞ」
「つらくない」
「つらいぞ」
「おまえにできんなら、俺にもできる」
「できるか!」
トゴが大声を出すと、童女はトゴをにらみ、それから背を向けて、闇の中に走っていった。

翌日、村を出ても、トゴの心から、童女の面影は消えなかった。
旅暮らしは、つらい。いつシノビに襲われるかもわからない。屋根がないところで、水だけで何日も暮らすことがある。
神木のある村で、三度の飯を食って暮らしてるやつに、羨ましがられたくはない。
トゴは、そう自分に言い聞かせる。
「どうした難しい顔をして」
「いえ」
からかうようなワタリの声に、トゴは、顔をしかめた。
──そういえば、名前を聞き忘れていた。

ワタリの跡を継いだトゴが、再び村を訪れ、童女の名を聞くのは、この四年後のこととなる。


テキスト:海法紀光(ニトロプラス)
イラスト:くろやぎ